「どちら様ですか?」
「えーと……。この近所に住んでるんだ。ここ、エーナさんの家だよね? 君、家族の人?」
「そうですけど。呼んできましょうか。今、家にいますから」
「あっ! いやっ、いい! 呼んでこなくていい!」
「でも、姉貴に会いに来たんじゃ?」
「いや、会いに来たわけじゃなくて……。
今日はちょっと、住所を確かめたかっただけで……」
「ここまで来たんだから、ついでに会って行けばいいのに」
「だめだめ! できないよ!」
ところでこの人、左目が紫に腫れ上がってるのが気になる。
「いや、その、僕……、彼女に謝りたかったんだよ。
今回は、彼女の仕事を取っちゃう形になって、なんだか申し訳なくて……」
「仕事?」
「ロンドステの、専属奏者の事だよ」
「僕はそんなつもりはなかったし、オーナーも彼女をクビにする気はなかったと思うんだよ。
でも、お客さん達がね……。
『ちょうちょ』は聞き飽きたって、オーナーに言ったらしくて」
「『ちょうちょ』って、あの童謡の?」
「うん、そう……。また日を改めて、訪ねることにするよ。
エーナさん、まだ怒ってるだろうし……」
「さようなら……」
帰って行きました。
歯切れの悪い人だったなぁ。
外に出たついでに、ポストを覗くと手紙が。
水道と電気代の請求書だ。
請求額は84$だったけど、我が家の家計は103$。
支払いは、もう少しあとの方がいいな。
バイトを探してみたんだけど、いい求人がない。
「えーと、エンターテイメントキャリアで若手芸人の募集……。
よほど切羽詰らない限りは、選びたくない仕事だなぁ」
宿題でもするか。
それにしても、凍死しかけてから、宿題に対する意欲が激減しちゃったな。
もしかして、けっこうなトラウマになってる?
「だめだ! 集中できないっ」
俺にも分からない邪念か何かが、頭の中を占領してるんだ。
宿題をやらない言い訳じゃないよ!
前へ / 次へ
PR
トラックバック
トラックバックURL: