この小さな家が、この町での私の出発地点です。
私は生嶋栞(いくしま しおり)と申します。
これでも一応物書きの端くれ。
ヒルズの地域新聞に、ちょっとしたエッセイを連載しています。
この町では、新しく引っ越してきた人の家を訪ねるという習慣があるようです。
確かに、私の家にも近所の人が来ました。
でも内気な私は、お客様を勝手にくつろがせておいて、自室に閉じこもって執筆です。
と、お客さんの一人が私の部屋へとやってきました。
仕方なく、私は対応することにしました。
「実は君に一目ぼれしてしまった……」
「はい?」
「……と、今書いている小説の主人公に言わせてみようと思うんだけど、女性の観点から言って、このくどき文句はどうですか?」
「……高校生らしい、真っ正直さが出ていいとは思いますけど」
「しかし、主人公は三十代のサラリーマンなんだ」
お客さんには帰っていただきました。
ふう。今日は色々と疲れました。
最後にやってきた我が家のお客さんは、猫でした。
翌朝。
請求書を出して、一仕事終えた感じです。
さあ、今日も執筆執筆!
ヒルズの豊かな自然を、今度のエッセイで取り上げましょう。
私達がいかに美しい町に暮らしているのかということを。
あら電話が。
新聞社からかしら。
でも締め切りはまだのはずだわ。
と思ったら、昨日の人からでした。
たしか、富永さんでしたっけ。
作家のようですが、私は彼の描いた作品については聞いたこともありません。
私が一仕事終えて、夕食をし、後片付けをしていると、また電話が鳴りました。
誰からでしょう。
また……ですか。
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